木桶仕込みを100年先に。
手間もコストもかかる木桶仕込み。それでも使い続けているのは木桶でしか作れない味があるから。木桶仕込みの味が失われていく中で100年先までこの味を残していくため、わたしたちは2019年2月に創業以来初めて新桶を購入しました。縮小する木桶の市場
和食文化を支える発酵調味料はかつて大きな木桶を使って製造されていましたが、近年では工業化の流れとともに木桶や木桶仕込みの調味料の市場は縮小。かつてあった「酒蔵で使われた木桶が味噌・醤油屋に」という循環もなくなり、今ある古い木桶は50年後にはすべて使えなくなるといわれています。木桶職人復活プロジェクト
小豆島で木桶仕込みの醤油をつくるヤマロク醤油の社長、山本康夫さんは2009年に新桶を発注した際に「醤油屋からの注文は戦後初」といわれたそう。子や孫の世代にも木桶仕込みの味を残したいと考えていた山本さんは木桶作りの技術を残すために日本で唯一醸造用の木桶が製造できる桶屋に地元の大工さんを連れて自ら弟子入り。そこから木桶職人復活プロジェクトを立ち上げ、毎年1月に木桶の製造を行っています。木桶職人復活プロジェクトのWebサイトはこちら。
創業以来初の新桶導入
当社でこれまで使用してきた木桶はすべて中古で酒蔵・醤油蔵から購入したものばかり。これからも木桶仕込みでの味噌・醤油の醸造を続けていくには新しい桶が必要でした。2018年6月29・30日にクラウドファンディングで資金を集め、木桶職人復活プロジェクトに新桶を1本発注。2019年1月22、23日には木桶作りが行われる小豆島を訪ねました。そこでわたしたちを迎えて下さったのは山本社長を初めヤマロク醤油のみなさんの他、地元の大工さん、職人醤油の高橋万太郎さん、全国の醤油・日本酒の醸造元の方々や木桶や発酵文化の存続に関心のある方々。大勢の方々がこのプロジェクトに賛同し毎年この木桶作りに参加しに全国から集結します。わたしたちも先輩方に教わりながら桶作りに参加しました。
寒い環境での重労働ですが訪れた誰もが熱心に、またお祭りのような楽しさをもって作業に参加していました。
小豆島から岐阜へ
2019年2月22日、山川醸造に初めての新桶を迎え入れ、お披露目会を開催しました。この日は平日だったにも関わらず多くの方々にお立会いいただきました。お披露目会では地元長良天神神社の禰宜玉岡様による新桶清祓い安全祈願祭を執り行い、その後三代目社長の山川晃生による木桶の底板裏へ墨入れをしました。
おそらくこの木桶が使えなくなる頃、私たちは誰も生きていなません。そう思うとこれまで綺麗で初々しさも感じていたこの桶が、このお披露目会を通し100年以上先まで木桶仕込みを伝え続けてくれるとても頼もしく感じました。この桶に恥じないたまり醤油作りをわたしたちもしていかなければいけません。100年先の人にも求められるような製品づくりができるようこれからも邁進して参ります。
初仕込み
初仕込みまでの準備も緊張の連続です。麹造りはもちろん、新桶を蔵の中に設置することも、たまりの仕込みに必要なえんとつ(当社での通称)や蛇口などの仕掛けを取り付けたり。新桶の導入は初めてのことなので、初仕込みを経験した社員は誰もいません。新桶で作った場合、味や香りにどんな変化が起きるのか。木が新しいと桶に水分を吸われてしまうので、出来上がりがどれくらいの量になるのか。サイズも現在使用している一番小さい桶より一回り小さいため、使用する麹の量や塩水の量など、とにかくわからないことばかり、未知の世界です。
ヤマロク醤油の山本社長に「菌をなじませるために仕込みをする前に刷毛で醤油を塗っておくといい。」と教わっていたので、仕込みの3日前に仕込むものと同じ銘柄の醤油を桶の内側一面に塗りました。こうしたこと一つ一つの積み重ねも次の世代に伝えていきたい、いかなければと思います。
そして3月8日、新桶に初仕込みを行いました。このわたしたちにとって歴史的な瞬間を見届けてもらおうとこの日は見学会を開催し、初めて仕込みの現場に一般の方にお立会いいただきました。
いつも以上に思いの籠った豆麹はとてもいい出来具合。桶に入れると蔵の中一面にもくもくと麹菌が舞います。見学の方々も、舞い上がる麹菌の煙の凄さにびっくり!近くにいると防塵マスクを付けていても喉に違和感を感じる程でした。これだけいい麹なら2年間安心して熟成を見届けられると、みな一安心です。麹は約1500kgが入りました。中の仕掛けの都合で想定より少し少ない量でした。
お立会いいただいたみなさま。初めてみる光景や体験に興味津々、真剣な眼差しで出麹を見守っています。
もくもくと立ち上がる麹菌。前が見えません。
麹の上に隙間なく重石を敷き詰めます。ここに塩水を足して仕込みは終了。
麹は岐阜県産丸大豆のみ。
塩水は清流長良川の伏流水を使用しました。
2年後、どんなお醤油ができあがるかだれもわかりません。日々の変化にわくわくする毎日がこれから続きそうです。
トラブル
5月の温かくなってきたころ、新桶の様子に大きな変化が現れました。裏側に回ってみると見ると新桶の側板の隙間からじわじわと漏れが発生。 桶上部のもろみが入っていない部分だけではなく、中央や底の近くからも染み出て、色の濃い部分では塩の結晶も見えます。原因や対策がわからず木桶職人復活プロジェクトの発足人でもある地元の大工・坂口直人さんに写真を送って相談をしました。
原因の一つは桶が乾燥したこと。中に液体が入っている状態でも、日光が当たったり蔵の中が乾燥した状態だと古い桶よりも新桶は敏感に反応してしまうそうです。「木桶は生きものですね。」と坂口さんは仰います。
これまで古い桶を鉄の箍(たが)で絞めて修繕しながら使っていたため、古いものの方がもろくて漏れやすく新しいものの方が頑丈だと当然のように思い込んでいましたが、坂口さんに相談をして、それが誤解だったことに初めて気が付きました。
ヤマロク醤油さんでの対策を教えていただき、木桶の上部に濡れタオルをのせたり、窓にプラスチックの板をかけ、桶の裏側の壁には熱が伝わりにくいように木材を立てかけて乾燥の対策をとりました。道具ではなく赤子だと思ってやさしく接していかなければならないなと感じた出来事でした。
閑話
2019年の夏は38度を超える日も少なく、比較的穏やかな夏でした。毎年猛暑を迎えると桶の中の水分がたくさん蒸発してしまいますが、今年は少し減りが少ないような気もします。新桶にとっても比較的やさしい夏だったのではないでしょうか。夏〜秋は一年でも最も見学の多い時期。夏休み期間中に開催する親子見学会や自治体・小学校の遠足などでも多くのお客さまに工場まで足を運んでいただきました。工場内の説明の中では現在木桶製造の技術が失われる危機にあることや木桶職人復活プロジェクトの活動なども紹介させていただいております。説明のあと新桶の前では息をのんで見つめる人や、愛おしそうに撫でて下さる方も。感想は人それぞれですが、大人も子ども関係なくこの新しい木桶に思いを寄せてくださっています。
再び小豆島へ
2020年1月24日・25日、新桶造りのお手伝いにお邪魔してから1年が経ち、再び桶作りの知識を学びに小豆島へ向かいました。今年は職人醤油・高橋万太郎さんの呼びかけで「発酵文化サミット」が同時開催され、全国各地の醤油蔵の他に発酵研究家、小売店バイヤー、木工職人など昨年の恐らく4倍近い数の人が『木桶職人復活プロジェクト』を学びに、また見守りに集まっていました。ヤマロク・山本さんから桶のメンテナンス講習。受講者のほとんどが同業者。(撮影:小林茂太さん)
覚えているだけでも秋田、福島、埼玉、千葉、石川、三重、和歌山、兵庫、奈良、岡山とたくさんの醤油蔵が集まっていました。醤油の組合の次に最も醤油屋が集まる日だったのではないかと思います。いろんな方の醤油造りや木桶に対する思いを伺えました。なかなかできない同業者間の交流。醤油造りに熱い思いを持つ先輩方がこんなにたくさんいらっしゃるのだと実感し、すこしでもみなさんの背中に追いつけるよう励みたいと感じました。
「発酵文化サミット」や「講習会」の合間にほんの少しですが桶造りのお手伝いにも参加しました。写真は箍の中芯に滑り止めとなる縄をまく作業。芯や箍の材料は竹。竹は内側へのカーブには強いですが、反ると簡単に折れてしまいます。5mほどある竹の芯を折らないように、大勢で一斉にねじりながら縄を巻いていきます。作業としてはとても簡単でだれもが参加できますが、縄を巻ききるまでねじり続けるのはほんとうに大変。想像以上に腕に負担がかかるので1/3も巻けていないうちに腕がパンパンに張ってしまいます。
つらい作業ですがベテランの方を中心に掛け声をしてちょっとしたイベントごとのように楽しく作業をしています。
短い滞在時間の間に、地元大工で木桶職人の坂口さんに紙バンドを使って箍の編み方を教わりました。編み方そのものが難しく覚えるのに一苦労。宿で何度も編んでほどいて編んでほどいてを繰り返して出発前までになんとか師匠に合格をもらえました。今年覚えられたのは”紙バンド”での箍編みだけ。来年は木桶用の竹箍が編めるようになりたいです。
1年経って
2020年3月8日、新桶初仕込みから365日が経ちました。漏れ出た部分には塩が詰まり、少し貫禄が出てきています。少し前に追加の塩水を加えました。十水仕込みの時は最初の仕込みで全ての塩水を入れず、一年経った頃に残りの塩水を加えます。去年の夏は猛暑ではありませんでしたが、それでも追加をする前は8cm程蒸発や漏れで水位が下がっていました。塩水を加えた後ということもあり、中のたまりはまだ淡い色合い。旨みもまだ少なくあっさりした味に感じますが、塩味の割りに優しい柔らかい味をしていました。香りはたまり醤油の香り以上に杉の香りを強く感じます。醤油から杉の香りがするなんて体験は初めてで不思議な感覚です。
来年の今頃、初搾りならぬ初生引のころにさらに旨みを増してどんな味になっているのか。みなさんにお届けできるその日が今から楽しみです。
コロナ禍の夏
コロナ禍の夏、蔵の中はいつもより涼しく少し違う香りが漂っていました。蔵見学は3月からキャンセルが相次ぎほとんどがなくなりました。小学校の休校も続き社会科見学も中止になりました。いつもより人の出入りが少ない蔵の中。心なしか桶の中の発酵具合も、暑さとともに強さを増す酸味のある発酵臭も弱い気がします。5月末から6月にかけて、見学もないことなので蔵の中の大掃除をしました。普段できない木桶の下や箍の上もきれいに。これまでの蔵の環境と少し変わってしまうかもしれませんが、この変化がたまり醤油にとってもやさしい環境になりますように。
先行予約
毎年春秋恒例の蔵開放イベントを10月17,18日に開催しました。いつもは1日のみの開催、来場者数1000人ほどのイベント。コロナ禍ため開催日を増やし入場者数の制限や検温、アルコール消毒などの対策をとりました。限定の生たまりの販売やパン屋さんなどとコラボした醤油パンの販売、社長と専務の木桶探検ツアーなどを企画。新桶初たまりのご予約も受け付けました。イベントの直前、桶の中の煙突から少し新桶たまりを抜いて味見をしてみました。驚いたことに仕込みから1年半が経っているのに、醤油からほんのり杉の香りがしてきます。たまり醤油らしい旨みには少し欠けますが醤油としてはすでに十分な旨みがありました。長良川おんぱく2020
あと2日で仕込みから丸2年となる2021年3月5日。新桶のある蔵で長良川おんぱくを開催しました。長良川おんぱくは長良川流域の文化などが体験できるイベントです。新桶初仕込みの時と同じように、合羽や防塵マスクをしてまずは仕込みの見学に挑みます。麹の出来がよく、立ち上がる胞子で蔵の中が真っ黄色に染まりました。最後は汲み掛け体験。搾り始める前最後のタイミングなので、新桶の汲み掛けをしていただきました。新桶の上に蔵人以外があがったのは初仕込みの最中ではこれが最初で最後です。参加者のみなさまからの愛情も注いでいただき、あとは搾るのを待つだけです。
初生引(はつきびき)
2021年3月8日新桶初仕込みから丸2年が経ちました。2年目の変化は少ないのか、1年前との見た目の変化はあまりありません。ひょっとすると昨年の夏、様々な要因で蔵の中が涼しかったからかもしれません。出来栄えも気になるところですが、まずは2年間大切にたまり醤油を育ててくれた木桶に感謝を。ありがとうございました。通常、木桶に「のみ口」はついていません。出来上がった醤油は桶上部からどろどろのもろみごとポンプで吸い上げられ、圧搾機まで運ばれて行きます。これが一般的な醤油の搾り方。
それに比べ水分の少ないたまり醤油の場合は「生引(きびき)」と「圧搾」と呼ばれる2つの搾り方をします。生引とは木桶の底に取り付けたのみ口から桶底に溜まったたまり醤油を引いたもの。桶の中にはのみ口にもろみが入らない仕掛けがしてあります。とろみの多いたまり醤油は「オリ」と言われる固形分が底に沈みやすいため、桶内部の仕掛け以外にも晒を使って何度も濾していきます。
のみ口に晒でつくった袋をかけ口を開けると、勢いよくたまり醤油がでてきました。いつもよりオリが多いようで少しすると袋の底にオリがたまります。新桶によるものか、桶の仕掛けに若干の不具合があったのか。桶の中のもろみをすべて掘り出した、1年以上先まではわかりません。様子を見ながらゆっくりと引いていきます。
漸く200L
3月にのみ口を開けてから一ヵ月が経ちました。完成からなかなか商品が出来上がらないなともどかしく思われる方もいらっしゃるでしょうか。
生引ののみ口は開けっ放しにしておくことができません。放っておくと引いた醤油が保管桶から溢れてしまうからです。多いときは一日で40Lほど。他の桶の仕込みや生引、圧搾の合間に少しずつ引いて漸く200Lほどが引けました。桶の中、ちょうどのみ口と真反対の部分では液面が下がって重石が見えてきています。新桶を設置した時、のみ口に液体が流れやすいよう若干土台を底上げしました。静置されいる2年間、ほとんど気にしていなかった傾斜が初めて目に見えました。
晒で濾したたまり醤油は、充填までの間にあと3回晒やフィルターで濾します。検査にかけると旨みの指標、全窒素分は他のたまり醤油に劣らずとても良好な数値です。同じ仕込み方法の「長良」と比べると検査上どちらも2以下の濃厚な色ですが、新桶初たまりの方が若干色が淡いのがわかります。香りは新桶の方が癖がなくすっきりとした醤油の香り。10月まであった杉の香りはほとんど感じなくなっていました。ほんのり甘みも感じるキリっとした出来上がりです。通常は発酵を抑えるため火入れをして出荷をしますが、今回は木桶から引いたそのままの味を味わっていただきたいので非加熱のまま充填します。